4月<内村鑑三「一日一生」現代語訳

 

4月1日~4月5日

(2016年4月14日更新)

 

 

このページは、山本泰次郎、武藤陽一編『 一日一生』(教文館、1964年)を現代語化したものです。

 

【4月1日】いったん心を改めて(神の視点、人の美点)

わたしたちは、自分自身を宣(の)べ伝えるのではなく、主であるイエス・キリストを宣べ伝えています。

わたしたち自身は、イエスのためにあなたがたに仕える僕(しもべ)なのです。

 

天地・宇宙創造の時、〕「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔(みかお)に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。

 

ところで、わたしたちは、このような宝を〔貧弱な〕土の器(うつわ)に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたち〔、土の器〕から出たものでないことが明らかになるために。(コリントⅡ 4:5~7)

 

いったん心を改めて神の子供となり、〔下から人を見ることをやめ、〕自分を神の立場において人を見るならば、人の美点が多く見えて、欠点はほとんど目にとまらなくなる。

 

神の立場から見なければ、人の本当の価値は見えてこない。人の立場から見るとき、欠点ばかりが見えて、人の本当の美しさは分からない。〕

 

慈愛〕の眼をもって見るとき、聖人、君子(くんし、注1に欠点が見えなくなるばかりではない。つまらない平々凡々の人にまで、多くの美点が見えるようになる。


山上から吉野の谷に咲く桜を見るとき注2、これに特別の美がある。花を上から、つまり正面から見るからである。こうして、〕

山の上から見るとき〔眼下の草木は美しく変貌(へんぼう)し〕、雑木(ぞうき)、草莽(そうもう、注3はなくなるように、父なる神の立場から見るとき、美しくない人など、一人も見えなくなるに至(いた)る〔。すべての人が美しく見えるようになる〕。


それだから、われわれもまた、〔欠点を数えることを習性とする〕人には何の遠慮もすることなく、〔恵みの”太陽”である〕神に向かって、われわれの感謝の花を咲かせよう〔ではないか〕。

評価〕を後ろにし、〔美点を見い出してくださる〕神を前にして、神に見ていただくために、天に向かってわれわれの花を咲かせよう〔ではないか〕。(「花の見方」より。信5・112)

 

注1 君子(くんし)

りっぱな人格と教養をそなえた人。人格者。

 

注2吉野桜(よしのざくら)

奈良県吉野山にある桜。すなわち山桜。

吉野山には古来(こらい)桜が多く、シロヤマザクラを中心に約200種、3万本の桜が自生している。

 

注3 草莽(そうもう)

草むら。

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【4月2日】天然を愛しなさい。しかし、(天然・自然との向き合い方)

もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざ(業)をしめす。


この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。


話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。(詩編 19:2~5 口語訳)

 

天然を愛しなさい。しかし、天然に憧(あこが)れてはいけない。

天然を愛して〔その虜(とりこ)となり〕、〔天地・宇宙の創造者である〕神と〔神から与えられた〕義務を忘れてはいけない。

 

天然を〔、神に〕仕える霊(れい)としなさい。天然を〔、神と義務を忘れるように人を〕誘惑する友としてはいけない。

 

天然は、これをユダヤ人のように〔、神の偉大さと栄光を顕(あら)わす、神の被造物として〕観(み)なさい(注1)。〔古代〕ギリシャ人のように、天然を〔崇拝して、〕愛してはいけない。

天然は、これを〔まことの〕神に達する〔ための〕足台としなさい。〔天然を、〕神を祭(まつ)る聖殿となしてはいけない。

 

天然そのものの中に神を見ようとするとき、〕おそらく天然は、アシタロテ(注2)のようになって、〔天然を神として崇(あが)める〕偶像(ぐうぞう)崇拝の罪にわれわれを導くであろう。

 

 

 

〈内村の原文〉

 

天然を愛すべし。されども天然にあこがれるべからず。天然を愛して神と義務とを忘るべからず。

 

天然を愛して、仕うる霊たらしむべし。彼をして、誘(さそ)う友たらしむべからず。

 

天然はこれをユダヤ人のごとくに観(かん)ずべし。ギリシャ人のごとくにこれを愛すべからず。天然は、これを神に達するの足台とすべし。神を祭るの聖殿となすべからず。

 

おそらくは彼、アシタロテのごとくなりて、偶像崇拝の罪にわれらを導かん。

(列王記・上 11:33参照)。(「天然の愛」、信8・306)

 

 

 

注1 神の偉大さと栄光

天然・自然を含む天地・宇宙万物を創造された神の偉大さと栄光については、メニュー「信仰と人生」の中の詩歌11.【輝く日を仰ぐとき】聖歌497番を参照。

 

注2 アシタロテ(アシュトレト)

西セム人の豊穣(ほうじょう)女神。

アシタロテは動物と植物に生命を与える者とされ、そのゆえに豊穣、多産、愛、快楽の女神である。

その祭儀(さいぎ)性的・退廃(たいはい)的なもので、高き所(列王記下23:13)や売春(神殿娼婦)と結びついていた。

 

ヤハウェを礼拝していたイスラエルの民は、カナンの沃地(よくち)に定着するに及んで、バアル崇拝、アシタロテ崇拝などの宗教的、道徳な危険に直面した。

アシタロテは、旧約聖書にはバアルの配偶神として記され、激しく非難されている。

(参考文献:『新聖書大辞典』キリスト新聞社、1971年。『聖書大事典』教文館、1989年)

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