信仰と人生

詩歌 011

2019年4月27日改訂

​聖歌497番

作詞カルル・ボーベリー

 

〖 輝く陽を仰ぐとき 〗

聖歌誕生物語付き 注2

1.輝く(ひ)(あお)ぐとき、月星(なが)むるとき、
 雷
(いかずち)鳴りわたるとき、まことの み神を想(おも)う。

※くり返し

わが魂(たま) 、いざたたえよ、おおい(偉大)なる み神を
わが魂、いざたたえよ、おおい
なる み神を

 

2.森にて鳥の音(ね)を聞き、そびゆる山にのぼり、
 谷間の流れの声に、まことの み神を想う。

 

※くり返し

 

3.み神は世人(よびと)を愛し、ひとりの御子(みこ)を下し、
 世人の救いのために、十字架にかからせた
り。

 

※くり返し

 

4.天地(あめつち、注1(つく)りし神は、人をも造りかえて、
 正しく清き魂
(たましい)持つ身とならしめ給(たも)う。

 

※くり返し

 

5.まもなく主イェスは来たり、われらを迎え給(たま)わん。
 いかなる喜びの日ぞ、いかなる栄
(さか)えの日ぞ。

 

※くり返し

わが魂、いざたたえよ、おおいなる み神を。
わが魂、いざたたえよ、おおいなる み神を。

♢ ♢ ♢ ♢

(原詩:カルル・グスタフ・ボーベリー作「O STORE GUD」、1886年、( )内は補足

​​素晴らしい讃美

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注1 天地

宇宙と、その中にあるすべてのもの。

 

注2 聖歌「輝く日を仰ぐとき」の誕生物語

スウェーデンの讃美歌。原作者のカルル・グスタフ・ボーベリーCarl Gustaf Bobergは、1859年、造船所に勤める大工の子として、スウェーデンの東岸のメンステルオースに生まれた。

 

19歳の時に回心を経験し、2年間聖書学校に学んでから伝道者となった。1890年から26年間、週刊誌『真理のあかし』を刊行し、また1911年から1924年まで国会議員をつとめ、1940年カルマルで天に召された。

 

1885年の夏、彼は、スウェーデン南東部海岸のモンテステロス付近の美しい田舎を訪れた。このとき、激しい雷雨に見舞われたが、まもなく雷雨は上がり、彼は、青空と輝く太陽をあおぎ、小鳥のさえずる声を聞いた。

 

この時、彼は、これらすべてを創造し、また、すべての人を贖(あがな)われる神の偉大さに心打たれて、思わずひざまづき、神を讃美したという。

 

この歌はその時作られた9連の歌詞で、定期刊行物に発表されたが、当初、あまり普及しなかった。しかし、数年後、スウェーデン南西部ヴェームランド地方を旅したとき、この歌が民謡曲に合わせて歌われているのを聞いて、彼は非常に驚いた。

 

この歌はまもなく、ドイツ語に訳され、また移民とともに原語のままアメリカに伝えられて英訳された。

 

他方、ドイツ語を経てロシア語に訳された歌を1948年に聞いた英国人宣教師は、これをロシア民謡と思い、英訳して翌年、発表した。

 

これが、いろいろの経路を経て英語圏に紹介され、1951年、米国ロングアイランド州ストーニー・ブルック聖書集会で用いられた。その後、ビリー・グラハムのクルセード伝道の音楽家クリフ・バロウズがロンドン・クルセード集会中にこの歌を発見し、そこで用いて以来、急速に普及した。

 

わが国では、中田羽後の訳詞・編曲で『聖歌』(1958年)に発表され、大阪や東京におけるビリー・グラハム クルセード大集会の際にも聖歌隊により歌われ、その後、次第に普及した。讃美歌にも収められている(第二編161番)。

(参考文献:『讃美歌第二編略解』日本基督教団出版局、1974年)

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