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わたしはわが目を、被造物(天然・自然)と聖書に現わされた神の栄光を見るために〔ぜひ〕用いよう。

 

わたしはわが耳を、わが同胞の悲痛(かなしみ)の声を聴くために〔ぜひ〕用いよう。

 

わたしはわが手を、神の慈愛(いつくしみ)をわが隣人に分け与えるために〔ぜひ〕用いよう。

 

わたしはわが足を、神の喜ばしい音信(おとずれ)を広くこの地に伝えるために〔ぜひ〕用いよう。

 

こうしてわが全体は麗(うるわ)しい神の器(うつわ)となって、真理と歓喜は永久にわたしのものとなるであろう。

(内村鑑三、現代語訳、信8・18)

このページは、山本泰次郎、武藤陽一編『内村鑑三 続 一日一生(教文館、1964年)を現代語化したものです。

れんげ草

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