<信仰と人生

信仰に生きる 028

2019年3月6日

溝口 正(注1)

 

死んでも生きる」

-若い友への送別の言葉-

* * * *

私の若い友人に、国会議員を2期勤めた元「社会党」の闘士(とうし)がいた。

彼の母は浜松聖書集会に出席した無教会キリスト者で、召天(しょうてん)の際には私が告別式を司(つかさど)った。

 

彼は憲法第九条厳守を公約の中心に掲(かか)げて当選したが、途中で社会党が路線転換をしたのに伴い、彼もその路線に追随(ついずい)した。

 

彼を心から応援していた私は、事務所を訪ねて真意を質(ただ)したが意見の一致をみることができず、その時点で応援を中止した。友人関係も年賀状を交換する程度の疎遠(そえん)なものとなった。

しかし、彼のために祈り続けることは忘れなかった。


彼は選挙に落選し、政界を去って専門の研究者の道に戻った。

その後、(すぐ)れた研究者であった彼が、ある新聞の論壇(ろんだん)に「日本のうなぎ」の将来を憂(うれ)いて書いた文章を読んで、その健在さを陰(かげ)ながら喜んだ。


それから間もなく、彼が脳内にてきたガンの治療をするため、浜松医大に入院しているとの思いもかけぬ知らせを耳にしたとき、頑健(がんけん)な彼を知る私には直(ただ)ちにその言葉を信じることはできなかった。

しかしそれが事実であることを確認した私は、遅ればせながら彼を見舞った。


7次にわたる抗ガン剤投与と、困難で苦しい手術にも耐えぬいて、一時退院を許されるまでに回復したかに見えたが、間もなく再入院(今度は聖隷(せいれい)三方原(みかたばら)病院)の身となった。

 

私はそのことを全く知らなかったが、偶然というべきか、神のお計(はか)らいというべきか、聖隷病院の廊下で彼の親しい友人とばったり出会い、再入院を知ったのであった。

私は直ちに彼の病室を訪ね、二度目の見舞いをすることができた。そのとき不思議なことが起った。

彼は何を思ったのか、私の手を両手で固く握りしめて放そうとしなかったそれは月並(なみ)な握手ではなかった。

 

私は彼が、牧師から聖書の話を聞いていることを知っていたので、彼が両手で私の右手を握っている上に私の左手を重ねて、神が共に在(いま)し彼を支え給(たま)わんことを祈った。

彼は〔祈りに〕「アーメン」と唱和(しょうわ)して、ようやく手を放してくれた。


3回目の訪問のときは、彼はすでにホスピスに移されていた。末期ガンとの医師の判断による処置で、彼もそれを希望したと聞く。

 

私が彼を見舞って帰ろうとすると、彼は私を引き留(と)め白(ホワイト)ボードの上にマジックで「私の命は、あと1週間か10日位しかない」と書き、しきりに何かを訴えようとする姿が、ありありと伺(うかが)えた。

 

死との戦いが急迫(きゅうはく)を告げていることを察知した私は、踵びす)を返して椅子に腰掛け彼と対座し、率直にキリストの復活(死に対する勝利)と永遠の生命(いのち)について語った。


私はその時示されたヨハネ福音書の次の聖句を、はっきりした口調(くちょう)で彼に告げた。

 

キリストは、こう言われた。〕
わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。…あなたはこのことを信じるか」(11:25~26、注2)と。

 

さらに続けて、神の子キリストを信じておれば、死を恐れなくてもよい

(ふすま)を開けて向うの部屋へ行くようなものらしい。

生死のことは救主(すくいぬし)キリストに委(ゆだ)ねて、安心しなさいという趣旨のことを、手短かに話して彼の手を握り、主イエス・キリストの執(と)り成(な)しを祈った。

 

彼はほとんど物の言えない状態であったが、「よく分かりました。ありがとうございました」と、最後の力をふりしぼるように、ゆっくりとした口調(くちょう)で礼を言った。

私は、この彼の一言(ひとこと)によって、彼が〔神の〕御国(みくに)へ受け入れられることを確信して帰途(きと)についた。


その4日後、彼は天に召された。

わたしを信じる者は、死んでも生きる」、このキリストの御(み)言葉が、彼への送別の辞(じ)となった。

享年(きょうねん)54歳の若さであった。

今や(われ)らの友情は回復され、天国での再会が楽しみとなった


 ♢ ♢ ♢ ♢

(『復活』第394号、1999年9月に収載。( )、〔 〕内は補足。下線は引用者による)

注1 溝口 正(みぞぐち ただし)
人物紹介〖サイト主催者の自己紹介〗「信仰上の恩師紹介」

注2 イエスは復活と命
イエスは言われた。

私は復活であり、命である。

私を信じる者は、死んでも〔私とともに〕生きる。生きていて私を信じる者は誰も、決して死ぬことはない。〔あなたは〕このことを信じるか。


マルタは言った。『はい、主よ、あなたが、世に来られるはずの神の子、メシア(救世主)であると私は信じています。』」

(ヨハネ福音書 11:25~27、聖書協会共同訳)​

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