信仰と人生

詩歌 017

2019年1月9日改訂

八木重吉

 

十字架     

キリストの十字架

十字架は悔(く)いへのくさびである


罪ふかくして悔いを完(まっと)うし得(え)ぬ者へのめぐみである


何人(なんぴと)でも(あお)ぎさえすれば救わるるという約束である

 

キリストを見し者が信じたる福音(ふくいん)である

 


♢ ♢ ♢ ♢

(八木重吉『神を呼ぼう』新教出版社、1961年

注1 十字架の叫び
新聖歌120番「十字架より叫び聞こゆ」:クリックしてYouTubeへ

曲:フィンランド讃美歌

日本語歌詞:奥山正夫

 歌 :菅原 早樹(さき)

ピアノ:岸本 むねなり

バイオリン:西村 えいこ

十字架より叫び聞こゆ

歌詞
1
十字架より叫び聞こゆ、「彼らを赦し給
(たま)え」と


神の御子(みこ)苦しみを受け、世の罪を負(お)い給(たも)


ゲッセマネの暗き夜の  その祈り君(きみ)知るや


ゴルゴタの丘の上の  苦しみは誰(た)がためぞ 

2
十字架より叫び聞こゆ、「すべての事
(こと)(お)わりぬ」と


神の御子血を流して、世の罪をきよめ給う


木の上に(くぎ)打たれし  その痛み君知るや


ゴルゴタの丘の上の  苦しみは誰がためぞ 

ゲッセマネの暗き夜の  その祈り君知るや

ゴルゴタの丘の上の  苦しみは誰(た)がためぞ 

現代語訳

〔十字架から叫びが聞こえる〕


1
十字架から〔イエスの祈りの〕叫びが聞こえる、「〔父よ、私を十字架に付ける〕彼らをお赦しください」と。


神の御子〔イエス〕は苦しみを受け、世の罪を〔背〕負われる


ゲッセマネの〔園の〕暗き夜の 彼の祈りを君は知っているか。


ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰のためか。

2
十字架から叫び〔声〕が聞こえる、「すべて完了
(おわ)った」と。


神の御子は〔自ら〕血を流して、世の罪をきよめられる。


十字架の〕木の上に釘(くぎ)打たれた その痛みを君は知っているか。


ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰のためか。

ゲッセマネの暗き夜の その祈りを君は知っているか。

ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰のためか。

♢ ♢ ♢ ♢

ゴルゴタの丘の苦しみは、われらの(あたなの)ため。

罪無き神の御子・イエスは、ゴルゴタの丘、十字架上で世の罪を一身に背負われた。

そして十字架の苦しみの中から、イエスは神に、われらの《罪の赦し》を祈ってくださった。

 

祈りは聞き届けられ、われらのすべての罪は赦された

イエスの血潮(ちしお)によって、われらのすべての罪は洗い浄(きよ)められた


十字架の真実のゆえに、神はイエスを不朽(ふきゅう)の生命(いのち)へと《復活》させた。

復活のイエスは今、《聖霊》(せいれい)として常に、われらと共にいる。

イエスは、十字架の贖罪愛(しょくざいあい)と御自身の命(復活の生命)をわれらに注いで(分け与え)、死すべきわれらを救い、生かす(注2)。

そして日々、われらを支え、護(まも)り、導く(注3)。

 

今やわれらの生は、神への感謝と報恩(ほうおん)の生となった。

注2 恩寵義認(ぎにん)イエスの恩寵(贖罪愛)による救い

人は、キリストの恩寵(おんちょう)-十字架の真実(贖罪愛)という圧倒的、絶対的な恵み-によって、救われる(神の前に義とされる)。

その恩寵を信じ、受け入れる信仰さえも、神の恵みとして人に与えられる(無条件の絶体救済論)。

​​そこから、全く新しい人生が始まる。

人が〔神の前に〕義とされる(=救われる)のは、律法の行い(=自らの行いの正しさ)によるのではなく、イエスキリストの真実によるのだということを知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。」(ガラテヤ信徒への手紙 2:11 聖書協会共同訳。前田護郞訳『新約聖書』教文館、2009年参照。( )、〔 〕内、下線は補足)

注3 支えとなる聖歌

詩歌040 恐れないで


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