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<信仰と人生

信仰に生きる 035

2021年1月10日改訂

宮田光雄(注1)

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2021年 年頭所感

〖 コロナ禍の危機を希望に生きる 〗

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宮田光雄先生のお許しを得て、2021年元旦に先生から頂いた年賀状を皆様への励ましの言葉としてお届けします。

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謹賀新年

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「公正を水のように

正義を大河(たいが)のように

尽きることなく流れさせよ」

(アモス書 5:24)

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2021年元旦

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この一年ばかり世界中がコロナ禍の危機に取り巻かれる中で、政治的・経済的・社会的な差別と分断、対立が広がっています。

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「私たち人間のすることは万事問題だらけで、恥じ入るばかり、喜ばしいものではない。

 

それでいて、ときおり事が必然的で正しい結果になることを許されている。《神の摂理と人間の混乱によって》」(K・バルト『教義学要綱』注2)。

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神の《大いなる肯定》という終末論的希望こそ(注3、5)、混乱を極める時代の只中(ただなか)で、私たちに与えられた馳場(はせば)に踏みとどまり(注4)、生き抜いていく力の源でしょう。

 

私たちは二人とも、比較的コンスタントな日常生活を元気に続けています。

​本年もよろしくお願いします。

宮田光雄 

  道子 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢

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*以下は、サイト主催者による注。

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注1  宮田光雄

​神学・論文013宮田光雄〖無教会の源流と現代 1〗付注1 へ

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注2  《神の摂理と人間の混乱によって》

この「神の摂理(せつり)」という言葉には、逆説的な意味が込められていると思われる。

 

注3  神の《大いなる肯定》という終末論的希望

神の《大いなる肯定》:

神がこの被造(ひぞう)世界(宇宙とその中のすべてのもの)をご覧になり、「すべて良し」と肯定されること。

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終末論的希望:

旧約聖書創世記によれば、神からの離反による人類の堕罪(だざい)によって、この世界に死と破壊と虚無がもたらされ(創世記 3章参照)、以来、人間も社会も自然界も共に、救いを求めて呻(うめ)いている(ローマ 8:19~23参照)。

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それに対し、愛なる神はこの世界とわれら一人ひとりを救うべく、御子(みこ)イエス・キリストをこの世に遣(つか)わされた。

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実際、2000年前にキリストはわれらと同じ人間としてこの歴史世界に降誕(こうたん)し、十字架の道を歩まれ、救済の業(わざ)を成し遂げてくださった。

 

キリストの救済の力は、われら一人ひとりのみならず、社会、自然界を含め、宇宙とその中のすべてのものに及ぶ。

 

来るべき歴史の終末の日、キリストによって罪と死と虚無は完全に克服され、人類と自然界は根本的に癒やされて、宇宙は新しい生命(いのち)に輝く。

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この宇宙は、神が創造された本来の姿に復帰し、《新天新地》すなわち《神の国》は実現するであろう(ヨハネ黙 21:1~4参照、)。こうして、全宇宙の救いは完成する​。

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そしてこのとき、神は「すべて良し」との御声(みこえ)を発するであろう(神の《大いなる肯定》。ヨハネ黙 21:5、6参照)。

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これが終末の日の救いに対する、われらの揺るがぬ《希望》である(終末論的希望)。

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われらには、あらゆる状況に対する​​最終的・究極的勝利が約束されている。

 

この確固不抜(ふばつ)の希望によって励まされ、われらは目の前の混乱に右往左往することなく地に足をつけて、歴史の中を力強く前進するであろう。

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注4 与えられた馳場に踏みとどまり、生き抜く

馳場(はせば)とは、各人が地上生活で具体的に与えられている持ち場のこと。各人の持ち場は、《天職》(M・ルター)でもある。

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目の前の状況がいなかるものであれ、われらは落ち着いて自らの使命を果たすべく招かれている。

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他者のために祈ること。それ自体、《天職》であり使命である。

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☆パンデミック対策鳥海ヨシヲ〖新型コロナの流行が問いかけるもの〗へ

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注5 《終末論的希望》についての証言

☆内村鑑三・一日一生〖1月1日〗へ

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☆本の紹介008〖ヨハネ福音書と現代  第2巻〗注1自然は呻くへ

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☆聖書に学ぶ002矢内原忠雄【ヨハネ黙示録研究の一節】へ

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☆聖書に学ぶ008溝口正【神の愛の究極的な勝利】注7-④勝利者キリストへ

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