<信仰入門

無教会入門 005

2015年7月26日

内村鑑三 

 

現代語による

〖教義と儀式 〗

教会の信条(ドグマ)としての教義は、受け入れない。しかし、信仰の実験()の表明としての教義は、唱(とな)える。

 

私は、自分が〕無教会信徒であるからといって、教義を無視しない。〔私は〕外から課される教義(信条)は絶対的に拒否するが、内なる実験の表明としての教義は、唱道せざるを得ない。


教会の要求する〔サクラメントとしての〕儀式は、認めない。しかし、罪の世に対する信仰発表の機会としての儀式は、進んで実行する。

 

私は、無教会信徒であるからといって、絶対的に儀式を無視しない。私は教会の〔サクラメントとしての〕洗礼、聖餐(せいさん)式等に〔人の〕霊魂を救う能力(ちから)があるとは信じない。


しかし、私がキリストの弟子であることを世に向かって発表するためには、私は適切な形式を挙行する。

私は〕儀式としての儀式は軽んじ、これを拒否するが、(信仰の)確信発表の機会としての儀式は尊重し、これを励行(れいこう)する。

 

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(「教義と儀式」『聖書之研究』193号、1928〔大正5〕年8月を現代語化。〔 〕、( )内は補足)

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