信仰と人生

信仰に生きる 009

2016年4月 4日改訂

矢内原忠雄

 

原罪とは何であるか

放蕩(ほうとう)息子の帰還

(ルカ福音書15:11~32)

ムリーリョ(1617‐82年、スペイン)

原罪(げんざい、注1とは何であるかは、議論の問題であるよりも〔現実〕生活の問題である。

 

人が〔自らの創造者である〕神を無視し、神に叛(そむ)き、神なしで生活しようとすること自体が、本人の意識するとしないを問わず、原罪の第一の症状である。

 

神に(さか)らい、〔聖なる〕神を嘲(あざけ)ることを喜びとする人間の性質が、原罪の第二の症状である。

 

(な)そうと望む(ぜん)は行(おこな)わず、望まない悪を〔こそ〕行い、〔このように、人が〕自分の意志を制御(コントロール)できないこと〔、つまり、罪の力に捕(と)らえられている惨(みじ)めな状態〕が、原罪の第三の症状である〔ローマ書 7:18~25 参照〕。

 

自己〔の惨めさ〕についてこの歎(なげ)きを持たない者は、原罪の何であるかを到底(とうてい)理解することはできないであろう。

 

 

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(原著:矢内原忠雄「原罪」 『嘉信』第18巻第11号、1955〔昭和30〕年11月。一部表現を現代語化。〔 〕、( )内は補足)

 

注1 原罪(げんざい)

人間が生まれながらに負(お)っている罪とその現実。また、アダムとイブが神に叛(そむ)いて禁断の木(こ)の実を食べてしまったという人類最初の罪。

 

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