信仰入門

無教会入門 002

2015年1月16日 

 内村鑑三 

むきょうかいろん

無教会論

〔現代語訳〕

P1 
                                

『無教会』〔雑誌 注1〕と言えば、無政府〔主義〕とか虚無党とか言うようで、何か破壊主義の冊子にように思われますが、しかし、決してそんなものではありません。


〔雑誌〕『無教会』は、教会の無い者の教会であります。すなわち、家の無い者の宿泊所とも言うべきものです。すなわち、心霊上の養育院か孤児院のようなものです。

 

「無教会」の無の字は、「ナイ」と読むべきものでありまして、「〔教会を〕無にする」とか「〔教会を〕無視する」とかいう意味ではありません。

お金の無い者、親の無い者、家の無い者はみな、可憐(かれん)な者ではありませんか。そして、世には教会の無い、無牧(むぼく)の羊が多いと思いますから、ここに、この小冊子を発刊するに至ったのであります。

 

世には、名〔前〕は立派でも〔、その内〕実は汚いものがあります。表紙は立派でも、中〔味〕のひどくつまらない本があります。顔は美しくても、心のひどく醜(みにく)い婦人がいます。外見はいかにも優しそうで、心は鬼のような男がいます。


これに反して、名〔前〕は平凡でも実はエライ人がいますし、表紙は渋紙でも中は金玉〔の文章〕を連ねた本があります。淫奔な女は美人の中に多く、凶悪な人間の多くは美男子だそうです。物は何であれ、名と外見だけでは〔、その本当の姿は〕分かりません。


ある人が英国の有名な学者であるジョンソン博士を評して、「彼〔の姿〕は、まるで熊だ」と言いました。〔まるで〕熊のような顔をして、熊のような素(そ)振りをしていたジョンソン博士は、〔実は、〕英国中で最も優しい人でした。

 

『無教会』も、ちょうど、そのようなものになりたいと思います。壊すように見えて実は建てるもの、怖いように見えて実は愛らしいもの、熊の皮をかぶっていて〔実は〕小羊の〔柔和な〕心を持ち、社会に大革命を起こすもののように見えて実は少女と〔孤独な〕老人の友となりたいと思います。


世の中には、〔怖そうな〕般若(はんにゃ)の面をかぶった者はみな般若であると思う者が多くいますから、私どもはわざと般若の面をかぶって、物の外観にばかり注目している人々を追い散らし、心の中を探求する者を引きつけて、ここに無教会という大教会を建てようと思います。

 

P2

 

こう言うと、何やら私どももまた、野心を抱く者のように思う人もいるでしょうが、決してそうではありません。


真正(ほんとう)の教会は、実は無教会であります。天国には実は、〔人の手になる〕教会などというものはないのです。「私は、都(天国)の中に神殿(教会)を見なかった」とヨハネ黙示録〔21:22〕に書いてあります。

監督とか、〔長老とか、〕執事とか、牧師とか、教師とかいう〔職制の〕者がいるのは、この世限りのことです。そこ(天国)では洗礼〔式〕もなければ、聖餐(せいさん)式もありません。そこでは教師もなく、弟子もありません。


「わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。更にわたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下ってくるのを見た」

〔ヨハネ黙示録21:1~2〕 


『無教会』は、こういう教会〔-新しいエルサレム-〕を世に紹介するために働くつもりであります。

 

しかし、この世にいる間は、やはりこの世の教会〔-共同の礼拝の場-〕が必要です。そして、ある人は、人の手で作った教会に参集し、そこで神を讃美し、そこで神の教えを受けます。ある教会は石で作られ、ある教会は煉瓦(れんが)で作られ、また、ある教会は木で作られます。

 

しかし、私ども誰もが出席する教会を持つというわけではありません。世に無教会信徒が多いのは、宿無き子が多いのと同じです。ここにおいて、私ども無教会信徒にも教会の必要が出てくるのであります。この世における私ども〔無教会信徒〕の教会とは、何であって、どこにあるのでしょうか。

 

それは、〕神が造られた宇宙であります。天然であります。これが、私ども無教会信徒のこの世における教会であります。

その天井は蒼穹(あおぞら)であります。その板に星がちりばめてあります。その床(ゆか)は青い野であります。その畳(たたみ)はいろいろの花であります。その楽器は松の梢(こずえ)であります。その楽人(がくじん)は、森の小鳥であります。その高壇(こうだん)は、山の高根でありまして、その説教師は神様ご自身であります。これが私ども、無教会信徒の教会であります。


 ローマやロンドンにあるという、いかに立派な教会堂でも、この私どもの大教会には及びません。無教会、すなわち有教会です。〔人の手で作った〕教会を持たない者だけが、実は一番良い教会を持つ者であります。

 

 

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(原著:内村鑑三『無教会』、1901年を現代語化、〔 〕、( )内は補足)

 

注1:著者によって発刊された月刊雑誌。

 

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