<信仰入門

キリスト教入門 001

2015年1月20日

矢内原忠雄

 

〖イエスの生涯①〗

P1~5

目 次


1.あとがき

2.はしがき

3.イエスの誕生と少年時代

4.伝道の開始

5.ガリラヤおよび異邦伝道

6.ユダおよびサマリア伝道

7.最後の入京

8.十字架と復活

P1 

 

1 あとがき

 

 日本人の多くは、あまりにもキリスト教を知らなすぎる。〔日本人が〕文化〔的な〕国民として〔歩むために〕は、どうしても、イエスの生涯とキリスト教の教理について一通りの知識は持たなければならない。そうでなければ、欧米の文化・学問・芸術〔の本質〕をよく理解することができず、今の時代を生きる人間として〔必要な基礎的〕教養の不足を露呈することになる。


 それだけではない。〔太平洋戦争敗戦後の〕この困難な時代にあって、いかに正しく生きるか、どこに生きる希望を見いだすのか、心の平安とたましいの歓喜はどこにあるのか、心の依りたのみとする大盤石の立場はどうしたら得られるのか。〔これらは、時代を生き抜くための、切実な問いである。〕〔そして、〕その希望と力を得るために、イエスの教えを学ぶことは実に有意義である。
 

 個人を正しい人間とし、家庭を清い家庭としなければ、日本の国の〔真の〕復興は〔期待〕できず、〔日本人は〕真に民主的な国民にはなれない。制度や組織の改革の基礎に、どうしても人間としての救いがなければならない。


 こうして〔、個人の救いを基礎に〕日本が正しい国として復興することは、世界の平和・人類の福祉に真に寄与する道で〔も〕ある。これらのことのためにも〔私は〕、キリスト教の信仰が何であるかを、なるべく多くの日本人に知ってもらいたいと思うのである。


 〔今、〕私の心を占める二つの大きな事柄がある。それは、福音と平和である。人々の心にイエスの福音がやどり、それによって動かぬ平和が、個人にも、家庭にも、国にも、世界にも実現することが私の祈りであり、この小冊子〔郵政省《教養の書》叢書『キリストの生涯』〕もまた、その祈りをもって世に送り出される。

 

1949(昭和24)年1月
東京自由が丘にて


矢内原忠雄〔元・東京大学総長〕

 

 

 

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P2

2 はしがき 

 

 初めてイエスの生涯について聞く人々のために、まず、通常用いられているいくつかの言葉の意味を説明しておこう。


 「イエス」という名前は、〔当時の〕ユダヤ人の間では珍しくなかった人名であり、「ヤハウェ(神)は救い」という意味である。


 「キリスト」という語は、「救い主〔救世主〕」という意味のギリシャ語であり、ヘブライ語の「メシア〔救世主〕」を〔ギリシャ語に〕翻訳したものである。 「メシア」は「油を注がれた者」という意味であり、〔旧約時代に、ユダヤでは大〕祭司ないしは王に任職する際に、その頭に油を注ぐ儀式があった。〔元来、「メシア」という語は、神に選ばれた大祭司または王に対して用いられた称号であった。時代が下ると、〕そのことから転じて、イスラエル民族待望の救世主をメシアと呼ぶようになり、それをギリシャ語に翻訳して「キリスト」と言ったのである。


 「人の子」というのは、イエスが自らを呼んだ名であるが、〔これは、〕元来、旧約聖書から来た終末論的用語であって、〔終末における審判者または救済者である〕「メシア」を指す言葉であった。


 「イスラエル」という言葉は、ユダヤ民族の始祖アブラハムの孫、ヤコブの別名であるが、後にヤコブから出た民族をイスラエルと呼んだ。


 「ユダ」もしくは「ユダヤ」は、元来、イスラエル民族の12部族の1つであるが、後には民族全体を指す言葉となった。イエスの時代には、ユダヤ人の住む地域は、今のパレスチナ南部の〔山岳地帯である〕ユダヤ地方、〔イエスの活動の中心地で緑豊かな〕北部のガリラヤ地方、ならびに〔バプテスマのヨハネの活動の中心地でもあった〕ヨルダン川東部のペレア地方に大別される。


 ユダヤとガリラヤの間にあるサマリア地方とその住民〔サマリア人〕は、社会的、宗教的に〔ユダヤ人とは〕別個の集団をなしていた。


 「エルサレム」はユダヤの都であり、イエスの在世当時には、ヤハウェの神殿がエルサレムにあって、ユダヤ人の国民〔的、宗教的〕生活の中心となっていた。

 

P3


 「ヤハウェ」というのは、旧約時代にイスラエル民族に啓示された神の名であり、宇宙の創造主である唯一の神〔のこと〕である。この語の意味は「有って在る者」または「有ろうとして在る者」だろう、と言われている。すなわち、永遠の実在者という意味である。

 

 〔神の名は、聖なる4文字といわれるYHWHの4つの子音であらわされる。学者たちによると、その発音は「ヤハウェ」であっただろうと言われている。しかしユダヤ人は、神の名をみだりに唱えることをさけるため、この名を発音せずに「主(アドナイ)」と読み代えていた。そのため、歴史の経過とともに、神名の正しい発音が失われてしまった。古い訳では神名を「エホバ」としていたが、これは、ヤハウェの子音にアドナイの母音をあてて読んだことによる誤りである。注1


 「父」というのは、イエスが神を呼んだ名である。言い換えれば、「父」という神の性格は、イエスによって〔初めて人類に〕顕されたのである。


 「聖書」という語は、ギリシャ語の「ビブロス」(「書物」の意味。英語で「バイブルthe Bible」という)に「聖」という字をつけたもので、旧約聖書39巻、新約聖書27巻、合計66巻から成る。


 「旧約聖書」は、キリスト降誕以前〔、紀元前1,300年頃から書き始められ、紀元前400~200年頃〕にできた書物であって、新約聖書の中に「聖書」と書かれているのは、すべて旧約聖書のことである。「旧約」というのは、神がイスラエル民族の始祖アブラハムに約束された〔旧い〕契約、またはイスラエルの王ダビデに約束された契約を指している。それは、ひと言で言えば、キリスト〔つまり救世主〕降誕の約束〔のこと〕である。


 「新約聖書」は、キリスト降誕後の書物であって、〔紀元50年頃から100年代前半に書かれた。〕「新約」というのは、〔神の「新しい契約」という意味であり、〕キリストを信ずる者に与えられる救いの約束〔のこと〕である。旧約聖書、新約聖書〔すなわち聖書全体〕は一貫した神の救いの契約〔を記したもの〕であるが、キリスト降誕を中心として旧・新を分けたのである。

 

P4


 「福音」(「ふくいん」と読む。〔原語は「エウアンゲリオン」〕)とは、〔イエス・〕キリストによってもたらされた「喜ばしい〔または、良い〕知らせ」〔のこと〕である。すなわち、〔福音とは、イエス・〕キリストによる救いの告知〔であり、救いの到来〕である。


 「福音書」というのは、新約聖書の最初にある4つの文書〔のこと〕であり、イエス・キリストが福音を宣べ伝えたことの一部始終を書き記したものである。言い換えれば、イエス・キリストの〔生涯と言葉を記した〕伝記である。福音書、すなわちイエスの伝記は、〔福音書記者〕マタイの伝えたもの、〔福音書記者〕マルコの伝えたもの、〔福音書記者〕ルカの伝えたもの、および〔福音書記者〕ヨハネが伝えたものの4種類がある。


 最初の3つ〔つまり、マタイ、マルコ、ルカ福音書〕は、主要な資料が共通であることから〔相互に共通性が高く、〕「共観福音書」と呼ばれる。これに対し、ヨハネの伝えた福音書は、共観福音書とは別の資料を主に用いており、補完的意味をもって著述されたものであろう。


 イエスの伝記が4種類も残されていることはありがたいことであり、これによって、かなり詳細にイエスの生涯を知ることができる。ただし、4つの福音書に記されている出来事の時間的順序については、不明な点が少なくない。福音書が歴史的文献としての価値を有することは、今日、学者の定説である。


 これから私は、福音書にもとづいて、ごく簡単にイエス・キリストの生涯を語ろう。私の少し詳しい『イエス伝』は、角川書店から出版されている。それよりもさらに、新約聖書自体を直接、学ぶことが、イエス・キリストの生涯と人物を知る〔ための〕最善の道である。

 

P5

 

3 イエスの生誕と少年時代

 

 イエスの生まれた年を西暦元年としているから、それ〔生誕〕が今から何年前であったかは、すぐ分かる(。もっとも、計算に4年の誤差があり、イエスの生誕は〔、ヘロデ大王の死の直前の〕紀元前4年であったとする説がある)。キリスト教会の慣習としてイエスの生誕祭を「クリスマス」と呼び、12月25日に祝う。〔しかし、〕これは単に慣習上のことであって、その日付に確かな歴史的根拠があるわけではない。


 イエスの父母は、今のパレスチナ北部、ガリラヤ地方のナザレという、小高い丘の中腹にある村に住んでいた。父ヨセフは〔ベツレヘム出身のダビデの末裔であり、伝承によると〕指物大工を職業としたという。当時、ユダヤはローマ帝国の属領であり、異邦人統治の天才と呼ばれたローマ人は、〔ユダの南方、〕イドマヤ出身のユダヤ人であるヘロデという者を立てて〔ガリラヤとペレアの〕王とし、いわゆる間接統治を行っていた。しかし、徴税上の必要から時々、属領の住民の人口調査を実施した。


 〔ローマの〕皇帝アウグストゥス〔本名、オクタヴィアヌス〕の時、人口調査の命令が出て、ヨセフは住民登録を受けるため、妊娠中のマリアを連れて、自分の本籍地であるユダヤの〔ダビデの町、〕ベツレヘムへ行った。そこで、マリアは〔初子の〕男児を出産した。宿屋が満員であったため、ヨセフ夫婦は馬屋に泊り、生まれたみどり児を産着にくるんで飼い葉桶に寝かせた〔ルカ2:1~7参照〕。


 その夜、ベツレヘムの郊外で、〔野宿をしながら〕夜通し羊の群れの番をしていた若者たちがいた。夜明け前、小鳥の鳴き出す頃、天使が彼ら〔の前〕に現れて、言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びの福音を告げる。今日ダビデの町(ベツレヘム)で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ、主メシア〔キリスト〕である。あなたがたは、産着にくるまって飼い葉桶の中に寝ているみどり児を見つけるであろう。これがあなたがたへの〔救い主の〕しるしである。」

 

 〔すると、〕突然、おびただしい天使の集団の合唱が起こり、「いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心にかなう人にあれ」との讃美が天地に溢れた。

 

 〔そこで、〕羊飼いたちは、急いでベツレヘムへ行き、天使が彼らに告げたとおり、飼い葉桶に寝かせてあるみどり児を見いだした〔ルカ2:8~16参照〕。

 

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注1 浅野順一編『キリスト教概論』創文社、1966年、21参照

 

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