神学研究(神学・論文&教義学)

神学・論文 011

2019年4月21日改訂

タケサトカズオ

キルケゴールの 

実存主義 

キリスト教哲学

無教会入門017内村鑑三〖無宗教・無教会〗

S.キルケゴール

* * * *

キルケゴールの生涯と思想

セーレン・キルケゴールは、デンマークのキリスト教思想家、著作家、哲学者。実存主義(注1)の先駆者。


彼は、当時の教会的キリスト教を鋭く批判し、世俗化・大衆化して《錯覚》と化したキリスト教世界に《真のキリスト教》を導入しようとした、19世紀の預言者的思想家である。

またキルケゴールは、ヘーゲルの思弁的合理主義や思弁的な体系に反対し、普遍的な理性に尽くされない《実存》(じつぞん)の人間に注目して、神の前に立つ《単独者》の自由な主体性の形成に、真の人間らしさを求めた。

 

キルケゴールの文体の美しさは、ほとんど他と比較できないほどであり、その文章には、音楽の流れのような素晴らしさがある。

しかしそれ以上に、そこに盛られた内容の豊かさと深さ、つまり彼の思想こそが人の心を打つ。しかもキルケゴールほど、思想と生涯が密接不離の人物は珍しい。

それゆえ、彼の思想を理解するためには、その生涯についてより深く知る必要がある。

セーレンの父ミカエル・キルケゴールは、ユトランド半島の貧しい農民の子であったが、後にコペンハーゲンに出て、毛織物(けおりもの)商人として成功した。

1813年5月5日、セーレンは、一代にして財をなしたこの豪商(ごうしょう)の子、7人兄弟の末子として生まれた。

少年時代聖書のみを唯一の教科書とした、父による厳格かつ対話的な宗教教育を受けた。

息子を牧師にしたいという父の希望により、17歳でコペンハーゲン大学に入学し、神学と哲学を学んだ。

信頼していた父が貧しかった少年時代に、荒野で羊の番をしていた時、激しい雨が少年と羊たちを襲い、あまりの寒さと空腹に耐えかねてそのような運命を与えた神を呪(のろ)ったという事実を知り、また、父が罪を犯して母と結ばれたのではないかという疑いをもち、《大地震》と呼ぶ大きな精神的危機に陥(おちい)った(1835年頃)。

この体験を背景に、22歳の時、シェラン島を旅行し、ギレライエで「自己にとって真理であるような真理(主体的真理 注2)を求めるという」《実存》の原体験を持った(注3)

その後しばらく、酒場に出入りして享楽(きょうらく)をつくす放蕩(ほうとう)生活を送ったが、清純な少女レギーネ=オルセン(Regine Olsen,

1822~1904)と出会い、1940年(27歳)に婚約した。


キルケゴールは心の底からレギーネを愛していたが、愛の相克(そうこく)と罪の意識から、10ヶ月後(41年8月)、一方的に婚約を破棄(はき)した(レギーネ事件)。

 

しかし、なにゆえレギーネと別れなければならなかったかという真の理由は、神秘に包まれていて謎である。


これらの体験は大きな苦悩となったが、この事件は彼を深い思索や著作活動へ駆り立てた。

その後キルケゴールは、田舎の牧師になって静かな生活を送りたいと願ったが、そのとき、悪辣(あくらつ)な風刺(ふうし)新聞『コルサール』(「海賊」の意)の誤解と中傷に満ちた攻撃を受け(コルサール事件)、ふたたびキリスト者として新たな精神活動と著作への意欲が生まれた。

 

彼は新聞の戯評(ぎひょう)や世間の嘲笑(ちょうしょう)にも屈せず、一方で無責任な《大衆》を厳しく批判した。

キルケゴールは、ヘーゲルの客観的・抽象的な哲学体系(思弁的、量的な弁証法)を批判し、今、ここに生きている実存としての自己が、その全存在を賭(か)けて明らかにすべき《主体的真理》を主張した。

また、大衆の欺瞞(ぎまん)性に埋もれて水平化(画一化)され、本来の自己を見失っている《現代人》を批判し、自己のあり方を〔あれか、これか(注6)、〕自らの決断で選ぶ真の主体としての実存を求めた。

 

彼は絶望のさなかにあって、なお自己を存在させた根拠である神に、ただ独(ひと)り向き合って生きることを決断する《単独者》(=宗教的実存 注7)に、真の実存のあり方を見出した。

彼の批判は、既成の教会的キリスト教や教会のあり方にまで及んだ。

デンマーク国教会監督ミュンスターの死を期して、キルケゴールは『瞬間』などで、国教会の偽善(ぎぜん)性を厳しく糾弾(きゅうだん)し、論争を展開した(1855年、注4

国教会との激しい論戦のさなか(注5)、1855年10月2日、彼は過労により路上で昏倒(こんとう)し、同年11月11日、42歳でこの世を去った。

彼が財産として遺(のこ)したのは、埋葬の費用だけであった。

キルケゴールの墓石には、ブローソン(讃美歌作家)の次の言葉が刻まれている。

つかの間の後(のち)、我(われ)は主とまみえ、永遠(とこしえ)に主と語らん。

キルケゴールは19世紀前半に属する人物であるが、彼の影響はむしろ、20世紀以後、今日(こんにち)に及んでいる。

彼は、デンマーク国教会に対する戦いを、一人で戦い抜いて死んだ。彼の生と死は、忘れ去られたかのように見えた。

しかし長い沈黙の後、彼の生きざまと思想は、世界に新しい命の火を灯(とも)した。

キルケゴールの思想は、第一次世界大戦後、ドイツの思想界に多大の影響を与え、哲学、神学、文学の領域に新しい思想形成の衝撃を与えた。

 

哲学ではヤスパースやハイデガーによる実存主義哲学が誕生し、神学ではバルト、ブルンナーなどの弁証法(べんしょうほう)神学の運動が展開して、20世紀のキリスト教思想を形成するに至った(キルケゴール・ルネサンス)。

主著:『死に至る病』『あれか、これか』、『反復』、『哲学的断片』(*)、『哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき』(*)、『不安の概念』、『おそれとおののき』、『キリスト教の修練』(*)。

杉山好(よしむ)訳あり

♢ ♢ ♢ ♢

参考文献:『キリスト教人名辞典』日本基督教団出版局、1986年。浅野順一編『キリスト教概論』創文社、1966年。S.キルケゴール・杉山好訳『キリスト教の修練』白水社、1963年、403~412項。C.F.ヴィスロフ『現代神学小史 改訂新版』いのちのことば社、1999年、33~44項。金子晴勇『キリスト教思想史入門』日本基督教団出版局、1983年、208項。『日本大百科全書  第7巻』小学館、1986年、171項「キルケゴール」(宇都宮芳明)。小野寺聡編『山川 哲学 ことばと用語』山川出版社、2015年、275~280項。『倫理の要点整理 改訂版』Gakken、2013年、192~193項)

  

注1 実存主義(existentialism)

資本主義社会の高度化した科学技術や巨大化した管理社会の中で、現代人は個性を失い、画一化(規格化・平均化)して人間疎外に陥(おちい)っている。

また、大衆の中に匿名(とくめい)として埋没し、本来的な自己を見失っている。

実存主義は、そうした状況にある、「いま、ここに」生きている個別的・具体的な人間の現実存在(個別的・具体的な「この私」の存在)を実存と呼び、主体的な決断と自由な行動を通じて人間に主体性を取り戻し、本来的自己の発見と実現を説く、現代思潮である。

人間が神・超越者という絶対的な存在へと関わる主体的な決断を説く、キルケゴール・ヤスパース・マルセルらの《宗教的実存主義とニーチェ・サルトルらの無神論的実存主義の二つの潮流に分けられる。

以下、E.ブルンナー(*)の「実存哲学の意味」からの抜粋(E.ブルンナー『信仰・希望・愛』新教出版社、1957年所収、122~23項)。

「サルトル〔の哲学〕は、わたしたちが〔ニーチェの〕『神は死んだ』という格言を受け入れるか、どうかということによって、どんな選択の違いが生じてくるかということを明らかにしています。


ニーチェとサルトル〔の無神論的実存主義〕は、問題の性質を明らかにしてくれたという非常な功績をもっています。

 

無神論は、ニヒリズム(虚無主義)を意味しています。

神がいなければ-善も悪もありません。神がいなければ-人生は無意味です。神がなければ-希望がなく、全くの絶望があるだけです〔。

(はか)らずも無神論的実存主義は、このことを明らかにしたのです〕。


しかしわたしたちは、実存主義の父、その後継者のだれよりもはるかに偉大な思想家であったキルケゴールが、その全生涯を、キリストにおいて啓示された神の現実性を指し示すことにささげていたことを思い起します。

まさしくそこ(キリストにおいて啓示された神の現実性)においてのみ、〔すなわち〕キリストとの〔生きた〕出会いにおいてのみ、創造主によってその限界を知ることにより、〔私たち〕人間は真に自由となり、その自由は真に人間の自由となるのです。・・

キリスト教的な言葉で《信仰》とよばれるこのような認識は、自分自身に関するただ一つの誠実な態度であり、わたしたちに与えられた人生を、神と人とに仕える人生として生きるという真の勇気〔を生むものなの〕です。

 

そして、この〔信仰によって生けるキリストと出会い、神と人とに仕えて生きるという〕選択によって、わたしたちは〔自らの〕人生の真の永遠〔的〕な意味を発見するのです。(〔 〕、( )内、《 》、下線は補足)

人物紹介006〖E.ブルンナー〗

                      
注2 主体的真理
主体的真理とは、自分がそのために生き、死んでいけるような理念、「いかに生きるべきか」を問いかけながら、自らの決断と行動を通して、人生で主体的に実現される真理のことである。

主体的真理は、ものについての一般的・普遍的な真理(客観的真理)と異なり、私にとっての個別的・具体的な真理であり、かけがいのない私の真実の人生を生きることによって実現される。 


キルケゴールは、「主体性こそが真理である」と語り、自己がいかに生きるかという実存の主体性そのものに真理を求めた。

注3主体性こそが真理である
S.キルケゴールの言葉。


《主体性》とは、自己の生き方を自ら選択し、決断する、主体的なあり方のこと。


キルケゴールにとって重要なことは、誰にでも当てはまる「客観的真理」ではなく、《主体的真理》を見出すことであった。

「私に欠けているのは、私は何をなすべきか、ということについて私自身に決心がつかないでいることなのだ・・・

私の使命を理解することが問題なのだ・・・

 

私にとって真理であるような真理、私かそれのために生き、そして死にたいと思うようなイデー(理念)を発見することが必要なのだ。


いわゆる客観的真理などを探しだしてみたところで、それが私の何の役に立つだろう(キルケゴールの日記より)。

 

注4 デンマーク国教会との戦い
当時のデンマークは、国教会制度(ルター派)の国であった。
このことは、国教会の牧師はすべて官吏(
かんり、つまり国家公務員・役人)であり、デンマークで生まれた者は皆、幼児洗礼を受け、生まれながらの教会員であることを意味する。


しかし、キリスト教信仰は人格的な《決断》によって成り立つものであり、キルケゴールは信仰を神と人間の《人格的な》関係と考えている。

 

われわれは自ら決断してキリスト者になるのであって、幼い時から自動的にキリスト者であるというようなことは、おかしなことである。

キルケゴールは、真っ向(こう)から国教会制度に挑(いど)んだ。


キルケゴールとデンマーク国教会との戦いは、国教会の監督ミュンスターが死んで埋葬後数日して、後継者のマルテンセンが行った説教に端(たん)を発している。

 

説教の中でマルテンセンは、監督として逝(い)ったミュンスターを讃(たた)えて、「彼は《真理の証人》であった」と述べたのである。


しかしキルケゴールには、国教会制度に支えられて豪華な邸宅に住み、裕福に暮らした監督が、キリストのあの貧しい弟子たちと同じ《真理の証人》であるとはどうしても承服できなかった。

キルケゴールにとって《真理の証人》とは、《殉教者(じゅんきょうしゃ)のはずであった。

真理》がこの世に入るとき、世は《真理》を排斥(はいせき)する(イエス・キリストを見よ! ヨハネ1:9~11参照)。

したがって、その人が真理の証人であるとすれば、彼は必ず《迫害》を受けるに違いない。真理の証人は、真理のために死ななければならない。

 

殉教の姿勢を取り得ない人を、どうして《真理の証人》などと呼ぶことができようか。

 

前々から彼が真剣に考えていた、デンマーク国教会の根本的な病巣(びょうそう)が、マルテンセンの説教の中に透(す)けて見えたのである。


キルケゴールは国教会を相手どって、新聞『祖国』に論評を書いた(1854年12月18日)。その結果、彼自身が世の非難を一身に受けることになった。

教会(エクレシア)たとえ貧しくなっても、主体的に決断して信徒になった人々の〔人格的〕共同体でなければならないと、キルケゴールは言う。

 

主体性が真理である」という彼の主張の背後には、キルケゴールとデンマーク国教会との対決があったことを忘れてはならない。

注5 キリスト教をキリスト教世界に導入する試み
「キルケゴールは〔著作活動を通して〕、キリストからの時間的、歴史的隔
(へだ)たりの中に安住する現代キリスト教の世界を、キリストとの同時の状況(キリストとの同時性)にひき入れ、それによって《まことのキリスト者》となることの課題に真摯(しんし)に取り組む道を開こうとする。


言いかえれば、神の《受肉(じゅにく)》(永遠の神が一人の人間キリストとして、歴史世界の中に生まれたこと)というこの絶対的な背理(パラドックス)に対して、ひとりひとりの人間を《信仰》か、《躓き》か、の狭き道に追いやり、この啓示の現実に直面する自己の姿を《おそれとおののき》をもって自覚させようとしたのである」。
(杉山好訳『キリスト教の修練
』白水社、1963年の「解説」403~404項からの抜粋。( )、〔 〕内、《 》、下線は補足)。

注6 あれか、これか
人生の具体的な状況の中で、「あれか、これか」の選択を、自らの全存在を賭
(か)けた情熱的な決断(パッション:熱情)によって行い、一つの行動を選び取ること。


キルケゴールは、抽象的な思考の内部で対立する概念を、「あれも、これも」統一するヘーゲルの《量的弁証法》を批判し、現実の人生における「あれか、これか」の岐路(きろ)に立って、自らの生き方を主体的に選択する実存のあり方を説いた。
 
注7 
宗教的実存実存の三段階
キルケゴールは、人間の実存を三段階で説明した。

宗教的実存は、三段階の中のひとつである。


実存の三段階とは、本来的な自己のあり方としての実存が、《絶望》をきっかけに美的実存・倫理的実存・宗教的実存という三つの段階へと深まっていくことをいう。

彼は、宗教的実存を究極のあり方とした。

7-① 美的実存:
あれも、これも」と欲望のままに新たな刺激や刹那
(せつな)的な快楽を追い求めて、感覚的に生きる実存のあり方(人生の段階)。

 

結局、いつまでも完全に欲望が満たされることはなく、自己を見失い、倦怠感や虚無感に襲われて行きづまり、絶望に陥る。

7-② 倫理的実存:
自己の良心に従って、「あれか、これか」の選択を真剣に行い、倫理的義務を果たし、人生を真剣に生きようとする実存のあり方(人生の段階)。

 

しかし、良心的であろうとすればするほど、自己の罪深さや無力さを思い知らされて絶望に陥る。

7-③宗教的実存:
不安と絶望の中にある人間が、神の前にただ独
(ひと)り立ち、神への信仰に飛躍(ひやく)する実存のあり方(人生の段階)。


人間は自らの全存在をかけた決断によって、人間の救済のために永遠の神が時間(歴史)の中に現れる(受肉じゅにく)というキリスト信仰の本質的逆説を乗り越え、神と向き合う時に、本来の自己を回復する。


本来の自己を回復した人間は、外面的には世俗の生活に身を置きながらも、内面においては、永遠の神の前にただ独りで立つ《単独者》として生きる。

単独者は、信仰者としての本来の実存のあり方を示すことばで、《大衆》や「人類」と対立する用語である。

なおキルケゴールは、この宗教的実存を宗教性Aと宗教性Bの二通りに分けている。

 

宗教性A
確かに宗教性Aにおいては、この世〔の快楽〕や自分の倫理性が人間を支配しないで神が支配している。


しかし宗教性Aは、人間の自力で到達できる段階であり、したがって、そこで把握される神はたとえ「他者」であっても、人間とのつながりをもっており、人間の理性と完全に異質ではない(人間と「神」の間には絶対的な質的差異はない)。

 

それゆえ、宗教性Aは〔人間の手に成る〕汎神(はんしん)論におもむく傾向がある、とキルケゴールは言う。


また、宗教性Aは不十分である。

なぜなら、神の命令に服従しないという自分の悪を、どれほど神の前に懺悔(ざんげ)しても、人間の個々の行為が悪いだけならばそれでもよいが、困ったことに人間そのもの(存在自体)が罪人(つみびと)だからである。

宗教性B
宗教性Bは、プロテスタントのキリスト教信仰の段階である。


宗教性Bは、人間の側から自力で飛び込めるところでは全くなく、神の側で先行して切り開いて下さったおかげで、人間はそこに入ることができる。


神の命令に従おうとしながら全存在的に従い得ない自分を発見した人は、自らの罪(これは自力で解決できない)の赦しを、イエス・キリストに顕(あらわ)された《神の愛》(贖罪のわざ)にもとめる以外に、救われる道はない。


このようにして神は人間の把握を越えた全くの他者(絶体他者)であり、人間の外側から人間に向かって、愛(アガペー)の言葉(ロゴス)であるイエス・キリストを与えて、人間と人格的な関係(人格的な出会い交わり)に入って下さるのである。

キルケゴールはイエスの出来事が《逆説》(パラドックス)であり、また、われわれにとって《躓き》であると主張する。

 

それは、神が歴史の中のイエスという出来事(イエスの受肉、生と死、特に十字架と復活)によって、人間にその罪を赦すと語られたということを指す。

 

これを人間〔の理性〕は歓迎できない。これは人間に嫌悪感をもよおさせ、その意味で《躓き》である。

注8 実存的弁証法(質的弁証法)
キルケゴールは、抽象的な思考の中で、神と人間の質的な断絶(無限の質的差異)を量的なものに解消して統合するヘーゲルの《量的弁証法》を批判した。

 

そして、永遠の神が時間(歴史)の中に現れる(注:《神の子》の《受肉》のこと)という、常識的な論理(人間の理性)を越えた《逆説》(パラドックス)を《信仰の情熱(パッション)》によって乗り越え受け入れて、神と人格的に出会い、それによって《真の自己》を回復しようとした。

(注1~8の参考文献:『キリスト教人名辞典』日本基督教団出版局、1986年。浅野順一編『キリスト教概論』創文社、1966年。杉山好訳『キリスト教の修練』白水社、1963年、403~412項。小野寺聡編『山川  哲学 ことばと用語』山川出版社、2015年、275~280項。『倫理の要点整理 改訂版』Gakken、2013年、192~193項)

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