<信仰と人生

詩歌 041

2019年2月3日改訂

イザヤの平和預言と新・日本国国歌(試案) 〗

詩歌43〖いつも何度でも〗

* * * *

 

A.イザヤの平和預言

イザヤ書 2章4節


彼〔、神ヤハヴェ〕は国々の間を審(さば)き、多くの民の仲裁に立たれる。


かくて彼らはその剣(つるぎ)を鋤(すき)にうち変え、
その槍
(やり)を鎌
(かま)に変える。


国は国に向かって剣を上げず、
戦争のことを
〔二度と〕学ばない

(関根正雄訳、( )、〔 〕内は補足)

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(ニューヨークの国連本部ビルの前にある「イザヤの壁 Isaiah Wall」に、太字のことばが刻まれている)

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B.新・日本国国歌(試案)

作詞 溝口正・伊藤邦幸

1.

軍国の闇夜は明けて
平和の朝はめぐり来ぬ
平和、平和、平和
われらは再び武器を取らじ

2.

圧政のくびきを砕(くだ)いて
自由の晨
(あさ)は明けそめぬ
自由、自由、自由
われらは再び特高
(とっこう)を持たじ

3.

(いつわ)りの歴史は裂けて
真実の陽は射
(さ)しそめぬ
真理、真理、真理
われらは再び検閲
(けんえつ)を許さじ

4.

百万の血潮流れて
遺言の憲法
(さだめ)生まれぬ
平和、民主、人権
われらはこの理想に生きむ

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C.浜松市憲法を守る会の歌

作詞 伊藤邦幸

溝口 正
  作曲 相原夏江

1.

軍国の闇夜は明けて
巡り来
(き)ぬ平和の朝は
平和、平和、平和
我らは二度と武器を取らじ

2.

百万の血潮流れて
遺言の憲法生れぬ
平和、人権、自由
我らはこの理想に生きん

3.

この都市(まち)に同志集(つど)いて
護憲の灯
(ひ)守り行かなん
平和、人権、自由
我らはこの理想に生きん

平和、人権、自由
我らはこの理想に生きん

* * * *

注  「浜松市憲法を守る会の歌」、「日本国国歌の試案」が生まれた経緯
浜松市憲法を守る会の歌」は、1980年、溝口正が自由詩の形でまとめ、これに伊藤邦幸が手を入れ、四行詩として創作したもの。作曲は相原夏江。  
 

また、この歌詞をもとに、1986年5月、「日本国国歌の試案」を〔溝口正と伊藤邦幸の〕二人で作詞した。(武井陽一氏による解説)

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D.あらたしい憲法のはなし』

(1947〔昭和22〕年8月、文部省)

1.憲法

みなさん、あたらしい〔日本国〕憲法ができました。そうして昭和22〔1947〕年5月3日から、私たち日本国民は、この憲法を守ってゆくことになりました。

このあたらしい憲法をこしらえるために、たくさんの人々が、たいへん苦心なさいました。

ところでみなさんは、憲法というものはどんなものかごぞんじですか。じぶんのみにかかわりのないことようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまちがいです。

・・・・

憲法とは、国でいちばん大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、その中には、だいたい二つのことが記されています。

その一つは、国の治めかた、国の仕事のやりかたをきめた規則です。

もうひとつは、国民のいちばん大切な権利、すなわち「基本的人権」をきめた規則です。

 

こんどの憲法にも、あとでおはなしするように、これからは戦争をけっしてしないという、たいせつなことがきめられています

・・・・

6.戦争の放棄

みなさんの中には、こんどの戦争(注1)に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。

また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。
 

いまやっと戦争はおわりました(注2)。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。

こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。

 

戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。

 

のまえの世界戦争(注3)のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多く国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争(注4)をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。


そこでこんどの〔日本国〕憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。

その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。

 

放棄とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。

世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。


もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。

なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。


また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。

そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。


みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。」 

 

* * * *

注1

1931〔昭和6〕年勃発の満州事変から、日中全面戦争を経て、1945(昭和20)年8月14日のポツダム宣言受諾(じゅだく)によるアジア太平洋戦争終結に至るまでの、いわゆる15年戦争のこと。

注2

1945〔昭和20〕8月14日、日本は連合国のポツダム宣言を受諾して、無条件降伏した。

翌8月15日、天皇の肉声によるラジオ放送(「玉音放送」)で、戦争の終結(敗戦)が国民に発表された。

(参考文献:『理解しやすい日本史B』文英堂、2014年、p42)

注3 第一次世界大戦のこと。

注4 第二次世界大戦のこと。

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E.日本国憲法

(前文および第九条)

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢(けいたく)を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍(さんか)が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

 

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受(きょうじゅ)する。

これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基(もとづ)くものである。

 

われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅(しょうちょく)を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭(へんきょう)を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

 

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免(まぬ)かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

​・・・


第二章 戦争の放棄

第九条

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求(ききゅう)し、国権(こっけん)の発動たる戦争と、武力による威嚇(いかく)又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

(1946〔昭和21〕年11月3日公布)( )、〔 〕内、下線は補足。

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