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紹介・書評 001

2016年10月19日

評者・月本昭男

 

信仰と言葉に真摯に仕えた巨人

近代日本の預言者 内村鑑三、1861-1930年

 

J.F.ハウズ著(ブリティッシュ・コロンビア大学名誉教授、日本近代史専攻)

堤 稔子訳

教文館、2015年12月25日刊、A5判・562項・本体5,000円

 

米国人研究者が生涯をかけて書き上げた包括的な論考

§ § § §

古き日本に新たな生命

 

旧約聖書学者・上智大学特任教授

月本 昭男

 

このところ、ちょっとした内村鑑三ブームが起こっている。『代表的日本人』をはじめ、100年以上も前の著書がひろく読まれ、内村鑑三論がいくつも刊行されている。

 

いま、なぜ内村なのか。社会の先行きが不透明度を加えるなかで、確たる信仰と信念に立って世界と日本を見据えた人物が一段と輝きを増すということなのか。

 

もっとも、本書はそうしたブームとは別物である。

   

著者は、戦時中、米国海軍の東洋言語学校で日本語を習得し、戦後しばらく連合国軍に勤めた方。

その後、本格的な日本研究に転じ、ブリティッシュ・コロンビア大学で長らく日本近代史の研究と教育に携わった、カナダを代表する日本研究者である。

 

本書の完成までに50年を費やした(原著は2006年刊)。内外の文献を渉猟(しょうりょう)し、吟味するにとどまらない。戦後の早い時期に幾度となく来日した著者は、生前の内村を知る人々への聞き取りも怠らなかった。

 

海外の研究者による内村研究も少なくないが、本書は綿密さにおいて群を抜く。資料的に綿密であるだけではない。日本の近代を外から見つめてきた著者ならではの視座が本書全体にいかんなく発揮される。

 

著者にとって内村は、西洋近代に範を求めて社会も価値観も急速に変容してゆく近代日本において、西洋的なるものと日本的伝統との狭間で苦悩した日本人の典型であった。

 

若き日にキリスト教信仰を受容した内村は日本という国の人類史的役割を考えると同時に、個の自立を主張してやまなかったが、そのことが周囲との軋轢(あつれき)を生じさせ、内なる葛藤となって迸(ほとばし)る。

そこから(つむ)ぎ出された『基督(キリスト)信徒の慰め』などの作品は、内村の意図とは裏腹に、日本的「私小説」の先駆けとなった、と著者はみる。

 

聖書の研究に集中する後半生もまた、日本の伝統にキリスト教思想を接ぎ木し、それによって、西欧化を追い求めるのでなく、古き日本に新たな生命を注ごうとする大胆な試みであった。

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