聖書に学ぶ 012

2021年7月28日改訂

原著:藤井 武

現代語化:タケサト・カズオ

詩篇研究

鹿が渓水を慕い喘ぐがごとく

私の詩としての詩篇42篇2~6節

〖鹿が渓水を慕い喘ぐがごとく〗   ⑵   ⑷     

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〔4〕

〔4-①〕
イエスの場合において絶頂に達した、この不思議な経験は何を意味するのであろうか。

 

疑いもなく、それは決して、神に頼る者の側における心の態度の変化ではなかった。彼らの神に対する信頼は、少しも揺(ゆ)らがなかったのである。        


彼らは「ああ〔、〕ヤハヴェよ」といい「わが神」といって、何処(どこ)までも自分の信頼する者に肉迫したのである。

 

遠ざかったのは彼らではなく、かえって神〔の側〕であった。神が彼らを突き放したのである。

 

神は昔からしばしば、ご自分に信頼する者をかえって荒浪(あらなみ)の中に突き放して、しかも意地悪くも己(おの)れの姿を隠されたのである。

〔4-②〕

昨日も今日も変らない〔永遠の〕神は、今なお、同じことを繰返される。

 

恩恵の(みち)を奥深く分け入った神の子らで、この苦(に)がき試練に遇(あ)わない者がいる〔だろう〕か。

 

(よこしま)世にあって多年〔、〕信仰を守り霊的苦闘を続けたキリスト者で、上に掲(かか)げたような詩篇の言葉を自らの実験の声としない者がいる〔だろう〕か。


信仰の生涯は、決して讃美、感謝の連続のみではないその間に、恐るべき試練がある。

神の御顔(みかお)を見失うことは、キリスト者の苦難の〔中で、〕最大のものである。

 

しかも神は時として、彼らになやみを与えると共に、自ら姿を隠される〔のである〕。

これは、彼が特にその愛する者に対して取られる、最も意味深き処置であると見える。

〔4-③
何故(なぜ)これほどまでして神は、ご自分の愛する者を苦しめなくてはならないのか。

 

私としては、その理由は明白であると思う。

 

第一に、キリストの場合において、最大の苦難(=十字架の苦しみ)を彼が嘗(な)め尽くすことは、彼の贖(あがな)いの聖業(みわざ)のために絶対に必要であった。

 

われらの不義(ふぎ)のために傷つけられ、われらの咎(とが)のために砕かれ」た彼は、一たび地獄の苦しみを味わねばならなかったのである〔イザヤ 53:5参照〕。

 

神の(ひとり)り子〔キリスト〕が神に棄(す)てられたという経験を訝(いぶか)ることをやめよ(語注1)。

 

この大いなる不合理を、まさに必要かつ合理のものとしたのは、実に、われら自身の罪であった〔のだ〕(語注2、3)。

〔4-④〕
第二に、キリスト者の場合においてはどうか。

 

パウロは、キリスト者としての自己の生涯の特徴を説明して言った。

 

「〔キリストの〕苦難に与(あずか)って、その死のさまと等しくなり・・・」と〔フィリピ3:10、口語訳〕。


われらのキリスト者としての生涯の深さは、キリストの苦難に与かることの深さに応じるのではあるまいか。

 

キリストの受けたバプテスマに与かり、彼の飲んだ〔苦難の〕酒杯を分与されるにしたがって、ますます濃密に、彼のいのちがわれらの上に実現するのではあるまいか。

 

神がご自分の愛する者を時としてなやみの中に棄てるのは、彼らを益々、キリストに似た者とするためである。


(つ)かれた彼らの心臓の傷口から、イエスの心に似た聖(きよ)き愛が、苦痛と共に湧(わ)き出るのである。

〔4-⑤〕
しかしながら私を撃
(う)つ者の矢は、別の意味において私に当たる。

ああ神〔よ〕、私の神は、今ほんとうに何処(どこ)におられますか

彼は私を打ち据(す)えたまま、ご自分の姿を私の眼の前に現わされない。

 

私は(まど)う。喘(あえ)ぐ。衰(おとろ)える。

 

ただ昼に夜に、熱き涙がしきりに私の眼から流れ出る。それは実に、この頃の私の糧(かて)であり、飲み物である。


「わたしは灰(哀しみの表象)をパンのように食べ、わが飲み物に涙を混ぜた」〔詩篇 102:10〕。

​〔つづく〕

 

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(原著:藤井武『旧約と新約』第30号、1922年11月。『藤井武全集 第4巻 詩篇研究』岩波書店、1971〔昭和46〕年9月、278~279項を現代語化。( )、〔 〕内、下線は補足

語注1 訝る(いぶかる)

様子・事情・結果がどうも変だと思う。疑わしく思う。不審に思う。怪(あや)しむ。

語注2 不合理(ふごうり)

道理にあっていないこと。論理的な筋が通らないこと。

 

語注3 合理(ごうり)

物事の理屈に合っていること。論理によくかなっていること。

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