日々のかて007〖生き方の秘訣〗

一日を神とともに始めよ

神の御(みまえ)を歩むとき、私たちの生活と行動は大きく変わる。

なぜなら、そのとき、《天的なもの》がこの世の生活にもたらされるからであり、また《永遠の光》によって《時間の世界》を見るようになるからである。

そのとき、私たちはすべてのものを正しく見ることができるのである。

陰口を言うな

他人の良い所よりも陰口(かげぐち)を言いふらすのが、世間の常である。

お茶を飲みながら他人の名誉を傷つけることを、唯一の楽しみとしている人々がいる。

充実した人生を生きるため、私たちは非生産的で無駄な時間の過ごし方は避けるべきである。

キリストの良き証人、また伝道者となれ

キリスト教の唯一の広告は、キリスト者の生活ぶりである。生活はウソをつかない。

キリスト者は、キリストの良き証人、《世の光》として生きる努力をすべきである。

神の言葉・聖書を学べ

行き先を調べずに、旅に出る人はいない。

聖書は、キリスト者がまことの生命(いのち)に至るための道案内である。

キリスト者は自分に向けて語られている神の言葉を見出すため、日々、聖書を学ばなければならない。

成長し続けよ

清め」や「清められる」という語は、信仰者としての成長を表す言葉である。そして、新約聖書で「清め」という日本語訳の原語は、ギリシャ語の「hagiasmos(ハギアスモス:αγιασμοs)」である。

-asmos(-アスモス)で終わるギリシャ語の名詞はすべて、「過程」を表している。したがって、「清め」は、「清さにいたる道(過程)」を意味している。

成長し続ける道(過程)を経ることによって初めて、人は目標に達することができるのである。

心配するな

自分に何がどのような順序で起こってくるかは、摂理(神のご計画)にかかわる事柄であるから、神にお任せすべきである。 いつも心配ばかりしていると力を消耗してしまい、いざ事が起こった場合に、それに対処できなくなってしまう。

神は私たちがどのような事態に直面しても、それに対処できる力を与えることのできるお方である。だから、心配は無用である。

毎日、決意を新たにせよ

私たちは何かを決意しても、すぐにそれを忘れがちである。決意するだけで、後はどうなってもよい、といった具合である。

私たちは、毎日決意を新たにすることによって、日々、人生から挑戦と叱責を受けるのであり、それによって進歩するのである。 イエスは、その力を私たちに与えてくださるであろう。

祈り 《主よ、新たな決意を持って、この一日を神とともに、また神の導きに委ねつつ、世の光として歩むことができるようお導きください。アーメン。》

(参考文献 D.Duncan: Through the Year with William Barclay Devotional readings for every day,1971)

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