<預言の声

近代の預言 006

2018年9月14日改訂

藤井武

聖書より見たる日本

〖亡びよ〗

 

評伝〖藤井武〗

 

信仰と人生 矢内原忠雄〖悲哀〗

§ § § §

 

 

日本は(おこ)りつつあるのか、それとも滅びつつあるのか。


わが愛する国は祝福の中にあるのか、それとも呪詛(じゅそ)の中にか。


興りつつあると私は信じた、祝福の中にあると私は想(おも)うた。


しかし実際、この国に正義を愛し公道を行おうとする政治家の誰一人いない。


真理そのものを慕うたましいのごときは、草むらを分けても見当たらない。


青年は永遠を忘れて、鶏(ニワトリ)のように地上をあさり


おとめは、真珠を踏みつける豚よりも愚かな恥づべきことをする。


かれらの(いつわ)らぬ会話がおよそ何であるかを


去年の夏のある夜、私はさる野原で隣のテントからゆくりなく漏れ聞いた。


私は自分の幕屋(まくや)の中に座して、身震いした。


翌早朝、私は突然幕屋をたたみ私の子女の手をとって


ソドムから出たロトのように、そこを逃げだした。


その日以来、日本の滅亡の幻影が私の眼から消えない。


日本は確かに滅びつつある。あたかも癩(らい)病者の肉が壊れつつあるように。


わが愛する祖国の名は、遠からず地から拭(ぬぐ)われるであろう。


(ワニ)が東から来てこれを呑(の)むであろう(注1)


亡びよ、この汚れた処女の国、この意気地(いくじ)なき青年の国!


この真理を愛することを知らぬ獣(けもの)と虫けらの国よ、亡びよ!


こんな国に何の未練(みれん)もなく往(い)ったと言ってくれ」と遺言した私の恩師(内村)の心情に


私は熱涙(ねつるい)をもって無条件に同感する。


ああ(わざわ)いなるかな、真理にそむく人よ、国よ(注2、3)


ああ主よ、願わくはみこころを成(な)したまえ(注4)

 

 

♢ ♢ ♢ ♢

  (『新約と旧約』第121号、1930〔昭和5〕年7月、( )内は補足、下線は引用者による)

 

注1 日本の第一の滅亡-太平洋戦争

1941(昭和16)年12月8日、日本海軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃、陸軍がマレー半島に奇襲上陸して、太平洋戦争は始まった。

日本は東南アジア・太平洋地域で軍事行動を開始し、東の国すなわち米国に宣戦布告したのである。

緒戦は日本軍優位に展開したが、1942(昭和17)年6月のミッドウェー海戦の敗北で戦局が変わり、その後形勢が逆転した。

1944(昭和19)年末頃からは、日本は連日のように長距離大型爆撃機B29による本土空襲に見舞われた。そのため、東京を始めとする全国の諸都市は、次々に廃墟と化していった。

 

制海権・制空権を全く失い、日本の敗戦が決定的となっていた1945(昭和20)年7月26日、連合国側はポツダム宣言を発し、日本に無条件降伏を要求した。

しかし、日本政府は、万世(ばんせい)一系の現人神(あらひとがみ)天皇(偶像!)が支配する国家体制(=国体)を守ること(国体護持)にこだわり、これを黙殺すると発表した。

 

これをポツダム宣言の拒絶と判断した米国は、同年8月6日広島に、ついで8月9日長崎に原爆を投下した。

 

1945(昭和20)年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾(じゅだく)し、連合国に無条件降伏した(8月14日、御前(ごぜん)会議でポツダム宣言受諾が決定され、同日夜、連合国側に通知、翌15日正午に天皇がラジオ放送で国民に発表)

 

同年8月末より、日本は連合国軍(実質的に、米軍)の占領下に置かれ、同年9月2日、東京湾内に停泊中の米戦艦ミズウリ号上で降伏文書の調印が行われた(日本側代表は東久邇宮(ひがしくにのみや)稔彦(なるひこ)内閣の重光葵(まもる)外相ら、連合国側はGHQ最高司令官・マッカーサー元帥(げんすい))。

 

藤井の預言から15年後のことであった。

 

(参考文献:『改訂版 詳説 日本史研究』山川出版、2008年。鳥海靖著『山川 日本近現代史』山川出版、2013年。石川晶康『教科書よりやさしい日本史』旺文社、2010年 。『理解しやすい日本史B』文英堂、2014年)

 

注2 イエス、エルサレムのために嘆く

エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣(つか)わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛(ひな)を翼の下に集めるように、私はお前の子らを何度集めようとしたことか。

だが、お前たちは応じようとしなかった。

 

見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる(*)

言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言うときまで、今から後、決してわたしを見ることがない。」(マタイ23:37~39)

 

お前たちの家」とは、エルサレム神殿のこと。

紀元70年、対ローマの第1次ユダヤ戦争において、エルサレムの神殿と市街地は、ローマ軍によって破壊し尽くされた(参考文献:『旧約新約 聖書時代史』教文館、1992年)。 

 

注3 イエス、エルサレムの滅亡を預言し、泣く

エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために〔声を上げて〕泣いて、言われた。

 

『〔ああ、〕もしこの日に、お前も平和の道をわきまえていたなら! しかし今は、それがお前には見えない。

やがて時が来て、敵が周りに堡塁(ほるい)を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう()。

それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。』」(ルカ19:41~44)

 

紀元70年、ローマ軍がエルサレムでユダヤ人の反乱を鎮圧したとき、多くの城壁を破壊し、神殿を壊滅させた。

 

注4 藤井武の祈り:ああ、主よ、願わくはみこころを成したまえ

「主よ、どうか御心(みこころ)を成(な)してくださいますように」の意。

 

預言詩「亡びよ」の最後で、藤井は、愛する祖国日本に対する神の義と愛の御心が成ること-このままでは、頑(かた)くなな日本の滅びは必至であろう。しかし古き日本が一旦亡んだ後(のち)、神に贖(あがな)われ、神とその真理を愛する新しき日本として復活させてくださるように!-そのことを藤井は、切なる呻(うめ)きと熱涙をもって主に祈り求めた。

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